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2012年7月27日 (金)

吉田秀和が教えてくれた

音楽,美術,文学 評論家 吉田秀和氏が 98才で亡くなった。
彼の生徒はどれだけいることだろう。

わたしの僅かなクラシック音楽の教養は,吉田秀和が指し示してくれたから,得ることが(聴くことが)できたのだ。 わたしは,わたしも吉田秀和の生徒だったと思っている。

著者の第一評論集「主題と変奏」について書きたいと思う。

19才の頃,わたしは「抑うつ反応」と診断されて一年間休んでいた。 不眠も始まっていた。

秋のある日,FMラジオから流れ始めた音楽に,わたしは掴まれた。 30分間,その音楽だけに集中した。 それは バルトークの「弦楽器と打楽器とチェレスタのための音楽」だった。

ブリティッシュ・ロックやプログレッシブ・ロックを聞いていたわたしは,こんなにも密度の高い音楽があったのかと思った。 もっと聞きたいと思った。

名盤何百選や音楽雑誌を読み始めたが,一定の音楽的教養があれば誰にでも書けそうな,表面的な文章しか見つからない。

そして吉田秀和に出会った。 この人は莫大な教養を持っているが,音楽的教養で書くのではなく,自分の感性だけを信じて書いていると思えた。 そして吉田秀和を読み続けた。

ピエール・ブレーズの「春の祭典」が,これまでの演奏とは全く違ったものであることを教えてくれた。 ポリーニを教えてくれた。 ポリーニを知らなかったら,ベートーベンの後期ピアノソナタに集中することもなかっただろう。ショパンもそれほど聴かなかったと思う。 そしてシューマンを教えてくれた。

この本に「シューマンは明確にとびこえた」という1行がある。 シューマンは古典派の枠を飛び越えて,真のロマン派になったのだと思う。シューマンは躁鬱病(双極性感情障害)を持っていたと言われる。 クライスレリアーナを聞くと,その気分の揺れの激しさが伝わってくる。(しかし,なんと美しく昇華されていることか!)

バルトークの音楽がどうしてあれほど緊密なのかも,この本で分析されている。

これは著者の最初の作品集だが,譜面を多用しながらも,一番文学的である気がして,わたしはこの本が一番好きだ。

吉田秀和さん,本当にありがとうございました。

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コメント

こんにちは。
僕も、音楽というのを文字でいかに表現するのか知りたくて、 吉田秀和さんの本をいくつか読みました。
音楽に対する自分の美意識といったものを深く信頼しているところから発する文章は、心をうちます。小林秀雄さんもそうだけれど、書くことに対する覚悟といったものがあるように思えます。
こういう評論家、文筆家がいなくなったのは、寂しいです。
この間、北杜夫氏の「どくとるマンボウ航海記」を読みました。面白かったです。ときに、まーくさんの文章に似ているような雰囲気があったりして。ご紹介ありがとうございました。

投稿: ロビオ | 2012年7月27日 (金) 10:08

吉田秀和は本当に偉いのか,とか 吉田秀和の言うことなら正しいのか とか ネット上に書かれていることがありますが,評論に正しいという形容詞を付けるのはおかしいし,吉田秀和氏は「偉い」とか「権威」ということには興味が無かっただろうと思います。

柔らかい心を持ち,自分の感性だけを信じ,覚悟を持って書く評論家がどれだけ居るのでしょう。 しかも吉田秀和は,そんな評論を誰にでも判るような平明な文章で書いた。 高度な内容を平明な文章で書く難しさは,自明でしょう。 これだけ多くの読者を持った「評論家」は居ないのではないでしょうか。

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> ときに、まーくさんの文章に似ているような雰囲気があったりして。

本当にそうだったら,光栄の至りです。 でも,あちらがオリジナルですから。
北杜夫がいつも言っていたように,ユーモアとかナンセンスは絶対必要なものだと思います。 考え方が硬直化するのを防いでくれますよね。

投稿: ま〜く | 2012年7月27日 (金) 10:47

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