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2012年7月 6日 (金)

北杜夫の幸せな死

北杜夫が亡くなったのは去年のこと。 今まで書かなかったのは,最晩年のマンボウ物を読んで少し考えていたからだ。
それにしても50才で大躁病状態になって,株で破産するなんて,そこまでひどいとは知らなかった。 躁鬱病には薬は一応あるという程度で大して効かないようだ。(効くなら破産するまで株を買わないだろう。)

「どくとるマンボウ航海記」を書いてベストセラーになってすぐに「夜と霧の隅で」芥川賞を受賞している。 芥川賞作家が,ナンセンスなユーモアに満ちた旅行記を同時に出すというのは,空前絶後だと思う。

最晩年のマンボウ物を読んでいて「どくとるマンボウ航海記」を書かせたのは,後に鉄道紀行を書くようになる,敏腕編集者 宮脇俊三だったことを知って驚いた。 作家が小さなマグロ漁船に乗って世界を回ってきたことから,複数社から旅行記の依頼があったが,北杜夫は純文学だけしか書くつもりはなく,全部断ってしまう。 宮脇俊三だけは諦めず「書いてください」とは言わずに,時々飲みに誘っていた。 そのうち,十二指腸潰瘍になり,また「夜と霧の隅で」の途中で行き詰まった 北杜夫は 軽いものを書く気になる。

宮脇俊三が居なかったら「どくとるマンボウ」は存在せず,北杜夫はさほど売れない純文学者(純文学なんて売れない)だったかも知れない。 北杜夫が家を建てる土地を探している時,宮脇俊三が隣の土地を紹介してくれて家を建て,酒好きだった宮脇俊三に北杜夫が「食前酒でも」と電話すると,異常に素早くやって来たそうだから,どくとるマンボウ による好い関係は,宮脇俊三が亡くなる(2003)まで続いたのだと思う。

何で読んだのか忘れたが(遠藤周作との対談かも知れない),北杜夫は若い頃に「僕の本で残るのは,意外と どくとるマンボウ航海記 じゃないかと思っています。」という意味のことを言っている。

どくとるマンボウ航海記,青春期,昆虫記 は今読んでも絶対面白いので,まだ読んでない方にはお勧めしたい。 まずは,航海記から。(まだ日本人がなかなか海外に行けなかった時代の,マグロ漁船による旅行記である。)

わたしは北杜夫にファンレターを2通書いたことがある。 その2通ともに,ちゃんと手書きでわたしが書いたことに応える内容のお返事をいただいた。 もうとっくに三島由紀夫が激賞した 大作「楡家の人々」も書いており,まんぼう物で大流行作家だったはずなのに,そんな返事をいただけるなんて奇跡のようであった。

わたしが池袋の英会話学校に通っている頃,白百合から早稲田を出てサントリーに入った Gちゃんというコと友達になった。 彼女と銀座を歩いていたら,向こうから風に吹かれるように飄々と武満徹さんが歩いて来られ,ふたりとも反射的にお辞儀をしてしまったことがある。

そのGちゃんが入ったサントリーの宣伝部に,北杜夫の娘さんがいるという話を聞いた。「とても,とってもいい人なのよ」 北杜夫の娘さんがいい人なのは当たり前だと思った。

でも,晩年のまんぼう物を読んで,その「いい人」が強力にパワフルであることを知った。 斎藤由香の本名で何冊かエッセイも出しているが,どちらかと言えば神経質な父とは違って,大らかで大胆だ。 そしてパパが大好きなのだ。

「早く死にたい」とばかり言っている父を,海外までもギャンブル旅行に引きずり出す。そして北杜夫はギャンブルの余熱で,もう何も書けないと思っていた純文学の短編を書く。

幸せに死ぬ人が何%いるのか知らないが,北杜夫は奥様と大らかな由香さん(父親にとって娘は特別な存在のはずだ)によって,とても幸せな死を迎えられたと想像する。 合掌。

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コメント

いつも、拝見してます。素晴らしい文章をありがとうございます。躁状態で徹子の部屋に出ていた氏を思い出します。「どくとるマンボウ」読んでみます。

投稿: ロビオ | 2012年7月 7日 (土) 09:05

> 素晴らしい文章をありがとうございます。

ありがとうございます。 自分なりにしっかり書いた惜別の文章のつもりでしたので,嬉しいです。
( 正直言って,この記事にコメントが付くとは思っていませんでした。 )

どくとるマンボウ 航海記,青春期,昆虫記,医局記 を重ねてお勧めします。 もちろん航海記から。

いつも,見てくださってるのですか! それもとても嬉しいです。 コメントも気軽に入れてくださいね。

投稿: ま〜く | 2012年7月 7日 (土) 10:00

ま~くさんが北杜夫ファンなのは意外でした。

破産は、医者の不養生としか言いようが無いでしょう。
躁状態を面白がって、精神科医なのに自分で治療しなかったのですから。
鬱状態の時に自殺しなかったのが、良かったと思わなければ。

わたしは、この作家から山に興味を持ち始めました。

投稿: たーぼ | 2012年7月 7日 (土) 16:22

北杜夫ファンは幅広く存在すると思われます。
ナンセンスなユーモアと抒情を愛する,わたしがファンなのは,むしろ当たり前な感じが(自分では)しますけど。

躁鬱病は余りいい薬が無いようですよ。(炭酸リチウムくらい。) 兄の茂太さんも,友人のなだいなだ氏も現役の精神科医だったわけですから,何もしなかったわけは無いと思うのですが ... 奥様が薬を飲んだかどうか確認しているシーンもありましたし。

鬱状態の時も,自殺願望だけは無かったそうです。

> わたしは、この作家から山に興味を持ち始めました。

それはどの本でしょう? 「白きたおやかな峰」それとも「青春期」でしょうか。

躁鬱病はやっかいな病気ですが,芸術家には多いですね。 シューマンは好きな作曲家のひとりですが,彼のピアノ曲「クライスレリアーナ」なんかを聞いていると,ああ,この人は躁鬱病なんだろうな,と思います。 気分が揺れ動くのが伝わって来ます。

実はわたし自身,物凄く軽いのですが,子供の頃から躁鬱の波,と言うと大げさですが,理由も無く気分が暗くなったり明るくなったりする波を感じていました。 おお。 これはカミングアウトです。 cat 今まで,話したことも書いたこともありません。

投稿: ま〜く | 2012年7月 7日 (土) 17:02

珍しく真面レス貰っちゃった。その上カミングアウトまでお聞かせ頂きありがとう御座います。

>それはどの本でしょう?
「青春期」等の作品に何度か出て来る、「ジャンダルム」や「美ヶ原」に興味を引かれました。
これを読んだ当時は今ほどの情報は無く、どんな所なんだろうと、もどかしかったのを覚えています。

投稿: たーぼ | 2012年7月 7日 (土) 20:14

やはり「青春記」でしたか。 あの中に山の話,ずいぶん出てきますものね。

本は本棚ひとつ分だけと決めているので,読んだ本の殆どは人にあげるか,捨てるか,BOOKOFFするかしてきました。 年に100冊くらい文庫本と新書を買うので,実は現在は本棚にどくとるマンボウものはありません。

Amazon Japan が Kindle を出すのを待っているところです。(もうすぐ発売です。) 新潮社も参加するでしょうし,どくとるマンボウものも出てくるのを期待しています。 日本版Kindle 発売後一年待っても出なかったら,文庫で買い揃えようかと思っています。

投稿: ま〜く | 2012年7月 7日 (土) 21:13

わたしも昔読んだ本は、ほとんど残ってません。
一時期アパートに引っ越した際、本棚は食器棚に変身して、中身はBOOKOFFしてしまいましたが、今思うと残念でなりません。
今は本棚に復活しましたが、それでも半分位しか入ってません。

今はテレビもPCも有りますので、昔ほど活字には親しんでませんし、
現在はあるマンガにはまってます。
ただ今連載中で単行本は11号まで出てますが、一年位前に単行本を揃えてから10回以上は読み返してます。
作品名はカミングアウトしませ~ん。恥ずかしいので(笑)

投稿: たーぼ | 2012年7月 8日 (日) 11:53

いま本棚には,これから読む本が18冊あり,明日にはあと5冊届きます。 活字中毒なので,読む本が無いと不安なのです。 (^x^;

投稿: ま〜く | 2012年7月 8日 (日) 13:33

航海記は高校生の頃読んで、
当時文庫で手に入る物は全部読みましたねえ。
変人で勢いのある人ってのはわかりましたが
躁鬱病だとかいう背景は知らず。
したがって浅い読み方しかしてなかったです。

荒川弘の鋼の錬金術師、銀のスプーン、百姓貴族。。。。

投稿: きく | 2012年7月 8日 (日) 14:27

英語で Bipolar と呼ぶ,双極性感情障害 だったのではないかと思われます。

なので,躁病の時に?という本が多いようです。 ムラのある作家ですが,多作ではないものの本来は純文学の作家なので,そちらで評価すべきなのでしょう。 とは言え,わたしも 「幽霊」「楡家の人々」くらいしか読んで無いので偉そうなことは言えないのですが ...

現代詩を読んだ時期の後は,あまり文学を読んで無いです。
最近読んだ文学っぽいものは,武田百合子の「富士日記」「犬が星見た」と色川武大くらいです。
「犬が星見た ロシア旅行」はお勧めです。 ただの旅行日記なのですが,そのまま文学になってしまっている希有な例だと思います。 生まれつきの文学者って居るんですね。

投稿: ま〜く | 2012年7月 8日 (日) 15:19

北氏の作品は「マンボウ」シリーズを何冊か読んだだけです。読んだのは、まだ日本にいて若くて気楽な頃でした。電子書籍で読めるようになったら読み直してみたい気がします。

躁鬱病であったことは知ってました。側にいる人の辛さは分かります。私にはなかなか北氏の奥様のように強くも、娘さんのようにおおらかにもなれないいです。

投稿: Pumpkinface | 2012年7月 8日 (日) 21:35

マンボウ物の少なくとも3冊くらいは,かなり長い期間残るのではないかと思います。 少なくとも「航海記」は古典として残るんじゃないかな。 そして「楡家の人々」は日本文学史に既に位置を占めていると思います。 古典として残ると思います。

投稿: ま〜く | 2012年7月 8日 (日) 22:00

「怪盗ジバゴ」だけ電子書籍でみつけた。
「楡家の人々」が電子書籍になったら読みたいと思う。
Koboは発売が決まったけど、Kindle陣営からその後の発表がないですね。

投稿: Pumpkinface | 2012年7月 8日 (日) 23:41

Kindle はついては「発売時期をメールしてくれる」サービス?に登録してあるんだけど,音沙汰無いです。
40社と協議したとも言われる Amazon が一体何社引きずり出せるのか,角川は決まってるみたいだけど,新潮,中央公論,岩波,ちくま,文春,できれば 創元 も引きずり出して欲しいなぁ。 国書刊行会みたいな,ややマイナーなところも入っていると最高。 雑誌やグラビヤはま〜くは要らない。 最近,読むに足る雑誌を見かけない。

投稿: ま〜く | 2012年7月 8日 (日) 23:53

kobo Touch買いたい気分の関西人でございます。でもKindleも気になるし。英語本読みにはどっちがいいのかにゃ?kobo Touchは7980円なんだって。Kindle情報もはやくほしいにゃ。

投稿: 関西人HIROKO | 2012年7月 9日 (月) 19:52

英語本読みには Kindle だと思いますけど ... 気になるのは,今まで Amazon.com(US) のアカウントで買った本が,Amazon.co.jp(日本)のアカウントで買った本と一緒に読めるのかなぁ,ということ。(ダメな可能性が高いとは思う。)
ま〜くは今は Mac で英語本読んでるので,日本語版 Kindle を買って和書専用にしてしまってもいいのですが。

とにかく Amazon 早く,情報を出してっ。punch

投稿: ま〜く | 2012年7月 9日 (月) 20:47

すみません,ここ,元記事は北杜夫への惜別だったのです。

eBook 関連は,そのうち他にエントリーを立てますので,そこでやりましょう。

文学関係の追加コメントは,ここで結構です。 よろしくお願い致します。

投稿: ま〜く | 2012年7月 9日 (月) 23:20

最後の著作と思われる「マンボウ最後の家族旅行」を読んでみると、直接的な表現は全くありませんが、娘さんへの深い愛情が感じられます。いろいろあったにしても、あとがきになるようにユーモアと笑いのあふれる家庭だったと思われ、幸せな家族だったのだろうと思いますし。たとえ平凡であっても人生を楽しむことが大切だと思うようになりました。

投稿: suu | 2013年9月17日 (火) 20:26

suu さん初めまして。

今頃,この記事にコメントが付くとは思っていませんでした。

最後の家族旅行は「まんぼう」モノの中でも,さほど質の高く無い作品かと思いますが,家族への愛は感じられますよね。

結局,ヒトの生きることの目的は「生きること」なのであって,それなら天才でなくても楽しく生きたいと,わたくしも思います。

suu 様,引き続き,このブログ読んでいただけると嬉しいです。catface

投稿: ま〜く | 2013年9月17日 (火) 21:00

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